モーツァルト 初期のソナタ集
モーツァルト 初期のソナタ集
ウォルフガング アマデウス モーツァルト (1756-1791)
「ヴァイオリン伴奏付きクラヴサンのための
6つのソナタ」 (1766年) KV 26-31
グラスハーモニカのためのアダージョ
KV 536 (KV 617a)
フランチェスコ ペトリーニ (1740-1820)
ソナタ第3番 ハ短調 作品3
ソナタ6番 変ロ長調 作品3
長澤真澄:シングルアクションハープ
ジャン・マティアス・ウォルターズ、パリ 1785年
寺神戸亮:バロックヴァイオリン
ジョバンニ・グランチーノ、ミラノ 1690年
Recorded in Hervormde Gemeente, Rhoon,
The Netherlands, in May 2009
Etcetera KTC 1404
released in February 2010
表紙
「ヴァイオリン伴奏付きクラヴサンのための
6つのソナタ」1766年
「この曲はハープでも演奏できる」と
書き加えられている。
このソナタはヴァイオリン伴奏付きのハープシコードのために書かれ、ナッソウ=ヴァイルブルグ王女に献呈されています。これらはすぐに印刷されデンハーグとアムステルダムにあるHummelという出版社から「作品4」として出版されました。このソナタは表紙に"Ces Pieces peuvent s’executer sur la Harpe"(この曲はハープでも演奏できる)と書き加えられ、翌1767年にパリでLe Menu et Boyerという出版社から出版されました。これはパリでどれだけハープを演奏することが流行っていたかを証明していますし、言うまでもなくこう書くことにより出版社がこの楽譜の売り上げを伸ばすこともできたでしょう。この注釈はその後間もなく削られ「ヴァイオリン伴奏付きのクラヴサンのため」とのみ残りました。
このCDはこの作品の18世紀フランスのハープによる初めての録音です。18世紀のパリで使われていたハープはシングルアクションハープと呼ばれ、現在使われているものと大きく異なる構造を持ちます。シングルアクションハープは1749年にドイツ人のGeorg Adam Goepffert(1727−1809)によってパリに紹介されました。それまで存在していたバロックハープとは対照的に、シングルアクションハープは楽器の下の部分にある7つのペダルにより半音を変化させます。このハープは細い共鳴胴を持っていて、後ろ側はリュートに似た形をしています。枠は全て木で作られており、その結果楽器の音は軽く「銀色」の音がするのです。
フルートとハープのための協奏曲KV299は、モーツァルトがハープのために書いた唯一の曲と言うことができます。数年前、オランダのデンハーグにある王立図書館で彼の「6つの鍵盤楽器のためのソナタ」の初期フランス版を手にしました。その表紙にある記述に私は愕然とし、この曲は実はハープで演奏できるのではないかと思ったのです。これが私のこのソナタへの旅の始まりとなりました。
1765年9月、モーツァルト家族はオランダ王室の王女から招待されデンハーグに到着します。カロライン王女は当時妊娠しており、イギリスでのモーツァルトの成功を聞き是非彼の演奏を目の当たりにしたいと思ったのでした。レオポルド・モーツァルトの二人の子供、ナンネルとウォルフガングはそれまでにヨーロッパの主要都市で演奏しており、彼らの噂は既に音楽会の間に大きく広まっていました。家族はパリを経由し自宅に帰る途中でオランダに寄り短期滞在する予定でしたが、デンハーグ到着二日後にナンネルが病気になりそのまま二ヶ月あまり病床についてしまいました。続けてウォルフガングが病気になり、経済的困難が増えるにもかかわらず結局7ヶ月も滞在を余儀なくされたのです。「6つのソナタ KV26-31」はこの時期、ちょうど彼が9歳になったばかりの時に書かれました。
photo: Merlijn Doomernik
モーツァルトが会ったもう一人のハープ奏者、Philippe Meyer (1737-1819)もまたハープの歴史の重要な部分を担っています。彼のハープ教本は1763年に出版され、これはシングルアクションハープのための最初のものとなりました。これは当時ハープがどのように演奏され練習されたかについて多くの興味深い情報を提供しています。この年代にたくさんのハープ奏者がパリで活躍していたとするなら、モーツァルトがかなりの可能性でシングルアクションハープの演奏を聴いたことでしょう。モーツァルトは1764年に会ったたくさんの音楽家の中でもJohann Schobert (ca.1735-1767) から最も大きな感銘を受けます。Schobertはハープシコード奏者としてパリで大変よく知られており、彼はまたヴァイオリン伴奏付きの鍵盤楽器のためのソナタを作曲しています。「ヴァイオリンの伴奏が付いても演奏出来る」ソナタは彼を介してモーツァルトに紹介されたことは明らかです。私達はここで、ヴァイオリンが任意の楽器ではなく真の伴奏として使われていることに注意しなくてはなりません。モーツァルトはオランダで作曲した6つのソナタに同じ楽器の組み合わせを選んだのでした。曲は6つの違う調で書かれ、第一番のソナタ以外は2つの楽章を持っています。これは主に彼の鍵盤楽器作品に使われている三楽章形式ではなく、彼のヴァイオリンソナタのためのお気に入りのスタイルのように思えます。
忘れてはいけないのは、18世紀から19世紀初めまでにハープのために書かれた曲はこのタイプの楽器で演奏されたということです。現在オーケストラなどで使われているいわゆるダブルアクションハープと呼ばれるものは、やっと1810年になってSebastien Erard (1752-1831)によって発明されました。また、18世紀のパリで行われたコンセール・スピリチュエルではたくさんのシングルアクションハープの演奏者が出演しましたし、驚くほど多くのハープ製作者がこの頃活躍していました。1764年に父レオポルドがパリを訪れた際、ウォルフガングとナンネルがSchobert, EckardtやLe Grandの他にそこに住んでいたドイツ人のHochbruckerから楽譜を受け取ったと手紙に書き残しました。また、会った人たちの名前の中にはPhilippe Meyerがあります。HochbruckerとMeyerは有名なハープ教師でした。Christian Hochbrucker (1733-1812) はハープの歴史の中で重要な役割を担ったバイエルンのハープ奏者です。Hochbruckerの家族全体がシングルアクションハープの改善と開発に自分たちを捧げました。彼による6つのソナタは早くも1762年に印刷されハープのための最初のソナタとして出版されました。これらがきっとウォルフガングの手に渡ったに違いありません。